受け口で悩んでいる「受け口・下顎前突」
下顎前突とは
「下顎前突(かがくぜんとつ)」とは、下の前歯や奥歯が前に出ているかみ合わせのことです。専門的には、Angle III級不正咬合に分類されます。罹患率は約5%です。
下顎前突の原因
下顎前突には、上の前歯が内側に傾いてはえたりすると下の前歯と当たるため、上の歯と下の歯が当たらないように前でかむ歯性(機能性)の交叉咬合と、上顎と下顎の前後的な位置が悪い骨格性の交叉咬合があります。いずれも先天性のものになります。
下顎前突の予防方法
ありません。
下顎前突のデメリット
「見た目が悪い」という審美的な問題や、「ものがかみにくい」「発音が悪い」という機能的な問題、などが挙げられます。
下顎前突の治療方法
子供の場合
歯性の下顎前突の場合は、上の前歯が内側に傾いてはえたりすることによる歯の早期接触と、それにともなう機能的な下顎の前方誘導が原因で起こります。治療は比較的単純で、上の前歯を前に出したり、下の前歯を内側に動かしたりして治します。
- 使用する装置・治療方法:舌側弧線装置、セクショナルアーチ、など
骨格性の下顎前突は、さらに二つに分けられます。上顎が小さいことが原因で起こる骨格性下顎前突に対しては、上顎骨がより大きくなるように、上顎骨の成長を誘導する治療が行われます。
- 使用する装置・治療方法:上顎前方牽引装置、など
下顎が大きいことが原因で起こる骨格性下顎前突に対しては、理論的には、下顎骨がこれ以上大きくならないように、下顎骨の成長を抑制する治療が行われるべきです。しかし、この治療は動物実験では成功するものの、ヒトの治療ではうまくいきません。したがって、かわりに上顎骨の成長を誘導する治療を行うか、成長が終了するまで待ってから外科的矯正治療などで治していきます。
- 使用する装置・治療方法:上顎前方牽引装置、経過観察、など
大人の場合
大人の下顎前突の治療においても、歯性と骨格性で治療の内容が変わってきます。歯性の下顎前突の場合は、子供の治療と同様に、上の前歯を前に出したり、下の前歯を内側に動かしたりして治します。奥歯の位置もずれている場合は、奥歯も動かして治します。
- 使用する装置・治療方法:表からの白い装置(マルチブラケット装置)、マウスピース型矯正装置、など
骨格性の下顎前突の場合は、上顎と下顎のずれが大きくなければ、歯の移動だけで上顎と下顎のずれを補正するカムフラージュ治療を行います。上顎と下顎のずれが大きい場合は、顎の位置を正しい位置にするために外科的矯正治療を行います。外科的矯正治療は、公的医療保険の給付の対象となります。
マウスピース型矯正装置を用いて外科的矯正治療を行う方法もありますが、この場合は公的医療保険の給付の対象とならないので、治療費が高額になることや、顎離断手術を行なってくれる医療機関が限られるなどの問題があります。このように、まだ周辺環境が十分に整っていませんので、当院では今のところ、マウスピース型矯正装置を用いた外科的矯正治療は行っておりません。
- 使用する装置・治療方法:表からの白い装置(マルチブラケット装置)、マウスピース型矯正装置、顎離断手術、など
下顎前突の治療費の目安(税込)
子供の場合
437,800〜532,400円
大人の場合
831,600〜910,800円
下顎前突の治療期間と通院回数の目安
子供の場合
- 治療期間:1〜2年
- 通院回数:12〜24回
大人の場合
- 治療期間:2〜3年
- 通院回数:24〜36回
下顎前突の治療の流れ
子供の場合
- 相談
- 検査・診断
- 一期治療開始
- 一期治療終了
(以下は、子供の治療から大人の治療へ移行する場合) - 永久歯萌出完了または成長終了まで経過観察
- 再検査・再診断
- 二期治療開始
- 二期治療終了・保定開始
大人の場合
- 相談
- 検査・診断
- 二期治療開始
- 二期治療終了・保定開始
顎変形症の場合
- 相談
- 検査・診断
- 術前矯正治療開始
- 顎離断手術
- 術後矯正治療開始
- 術後矯正治療終了・保定開始
受け口・下顎前突の治療例
下顎前突の治療のリスク
- 歯:齲蝕(むし歯)、歯質の欠損、歯根吸収、骨癒着、歯髄炎、歯髄壊死
- 歯周組織:歯肉炎、歯周炎、歯槽骨骨吸収、フェネストレーション、歯肉退縮、知覚過敏
- 軟組織:外傷、やけど(化学的・機械的)、アレルギー(特にニッケルとラテックス)
- 歯科矯正用アンカースクリュー:破損、脱離、誤飲、歯根損傷
- その他:(歯などの)痛み、装置の破損・脱離・誤飲、顎関節症、細胞毒性、感染、放射線被曝、治療期間の長期化、治療目標が完全に達成できない、後戻り、非症候群性原発性萌出不全(Primary Failure of Eruption)
下顎前突の治療のよくある質問
下顎前突の治療は、子供のうちにしたほうがいいのでしょうか?
下顎前突の治療は早期にしたほうがいいのかという問題については、2013年に「Orthodontic treatment for prominent lower front teeth (Class III malocclusion) in children.」という論文が出されています。また、2020年には、日本矯正歯科学会から「矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編」も出されています。
これらの論文やガイドラインの内容をみると、上顎前方牽引装置などを用いた上顎骨の成長を誘導する治療は、ある程度の効果が期待できることがわかります。子供の下顎前突の治療の難しいところは、一度治療をして良くなっても、その後の成長とともにまた悪くなる可能性があることです。しかし、自然に良くなることもないので、子供の治療の限界を理解していただいたうえで、早期の治療を行っていきます。
参考文献
- Contemporary Orthodontics 6th Edition. William R. Proffit, Henry W. Fields, Brent Larson, David M. Sarver. Elsevier.
- 矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編
- Watkinson S, Harrison JE, Furness S, Worthington HV. Orthodontic treatment for prominent lower front teeth (Class III malocclusion) in children. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Sep 30;(9):CD003451.