下顎前突の治療については、公益社団法人 日本矯正歯科学会より「矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編」が公開されています。特に子供の下顎前突の治療について興味のある方は、こちらもご覧ください。
下顎前突は大きく「歯性」と「骨格性」の二つに分けられます。
「歯性の下顎前突」は、上の前歯が内側に傾いてはえたりすると下の前歯と当たるため、当たらないように前がみすること(歯の早期接触による機能的な下顎の前方誘導)が原因で起こります。治療は比較的単純で、上顎前歯の唇側傾斜移動や下顎前歯の舌側傾斜移動などが行われます。
「骨格性の下顎前突」は、さらに、「上顎劣成長」が原因のものと、「下顎過成長」が原因のものに分けられます。「上顎劣成長による骨格性下顎前突」に対しては、上顎前方牽引装置などを用いた上顎骨の成長促進を行います。「下顎過成長による骨格性下顎前突」に対しては、理論的には下顎骨の成長抑制を行うべきなのですが、この治療は動物実験では成功するものの、ヒトの治療ではうまくいきません。したがって、かわりに上顎骨の成長促進を行うか、あるいは成長終了時まで待ってから外科的矯正治療などで治していきます。
下顎前突の早期治療が効果的なのかという問題については、2013年の「 Orthodontic treatment for prominent lower front teeth (Class III malocclusion) in children.」というコクランレビューの論文が出されています。
また、2020年には日本矯正歯科学会から「矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編」も出されています。
これら論文やガイドラインの内容をみると、上顎前方牽引装置などを用いた上顎骨の成長促進は、ある程度の治療効果が期待できることがわかります。下顎前突の早期治療の難しいところは、下顎骨の成長のピークが上顎骨よりも遅いため、一度治療をしてもまた悪くなる可能性があることです。しかし、自然に良くなることもないので、悪くなる可能性があることを理解していただいたうえで、治療効果が見込める症例に対しては早期治療を行っていきます。
大人の下顎前突の治療においても、「歯性」と「骨格性」で治療の内容が変わってきます。
「歯性の下顎前突」の場合は、子供の治療と同様に、上顎前歯の唇側傾斜移動や下顎前歯の舌側傾斜移動などが行われます。
「骨格性の下顎前突」の場合は、骨格のずれが軽度であれば、歯の傾きを調節することで骨格のずれを補正する「カムフラージュ治療」を行います。骨格のずれが重度で、歯の傾きを調節するだけでは骨格のずれを補正できない場合は、「外科的矯正治療」を行います。「外科的矯正治療」は、公的医療保険の給付の対象となります。
マウスピース型矯正装置で下顎前突の治療を行う場合は、歯性の下顎前突か、軽度の骨格性下顎前突に対する「カムフラージュ治療」であれば治療を行うことができます。マウスピース型矯正装置を用いて重度の骨格性下顎前突に対する「外科的矯正治療」を行う方法もありますが、この場合は公的医療保険の給付の対象とならないので治療費が高額になったり、顎離断手術を行なってくれる医療機関が限られるなどの問題があります。このように、まだ周辺環境が十分に整っていませんので、当院では今のところ、マウスピース型矯正装置を用いた外科的矯正治療は行っておりません。
参考文献
1. 矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編
2. Contemporary Orthodontics 6th Edition. William R. Proffit, Henry W. Fields, Brent Larson, David M. Sarver. Elsevier.
3. Watkinson S, Harrison JE, Furness S, Worthington HV. Orthodontic treatment for prominent lower front teeth (Class III malocclusion) in children. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Sep 30;(9):CD003451.